葬儀社天国社によるスタッフブログ

 夜窓を閉め切って寝ると、夜中暑くて、無意識のまま窓を大きく開け放ち、窓際のソファーで寝ていたのはいいのですが・・・夜中に寒気で起きた結果風邪を引いてしまいました。よろよろと涼しい場所に倒れこむ・・・パソコンの前でウトウトする・・・眠気とは恐ろしいものです。眠気にはなかなか勝てません。

先日、私の娘が小学校のときの先生にお誕生日プレゼントを渡すと言っていたので、前日プレゼントを一緒に買いに行ってまいりました。お誕生日当日は小学校は運動会でした。中学校の同級生もたくさんいたのですが、誰も挨拶をしないのです。しれーっとした子供達に、薄気味悪い想いを抱えながら、小学校で食べるはずだった二人分のお弁当を公園へ行って娘と食べました。娘はしばらく不登校で、今もことあるごとに学校に行くのを嫌がります。娘はハーフなので、外人は臭いとか言われるらしいのです。私は学校に行くのを嫌がる娘を叱ったことがあります。ずる休みもいい加減にしろ。私は熱があっても発作が出ても仕事に行くんだからと、自分の物差しで娘を叱りました。

叱られた娘は泣いて私に訴えたことがあります。『おかあさんにはワカラン!!!』 その訴えはとてもショックでした。

 小学校の運動会で見かけた、娘の学校の同級生の女の子たちの視線は冷たく、口元に薄ら笑いさえ浮かべていました。あんな子達がいると、私ですら学校に近寄りたいとは思いません。もしかしたら、このまま娘は高校にも行きたくないと言いだすかもしれません。アメリカから逃げるように帰ってきた娘とわたし。二人で生きる為にがむしゃらに働いて来ましたが、学校に行きたくないと泣く娘の気持ちから、忙しい忙しいと仕事に逃げていたような気がしています。

深い意味もなく疎まれて嫌われること。それは私自身がアメリカで生活していたときに痛いほど実感したことなのです。戦争で負けたくせに、ジャップは生意気だ。泣いていたら負ける。強い気持ちがないとバカにされる。でもある日ふと決意して私は日本へ戻ってきました。

人生には分岐点のようなものが必ずあると信じて。

会社で、久し振りに上司から烈火のごとく叱られました。私はトイレでワンワン泣きました。私にはもう父親がいません。だから私を怒鳴るのはこの世の中で上司以外誰もいません。叱られて怒鳴られて、声をあげて泣いて、おかあさんにはわからないよと泣いた娘の顔がよぎりました。私にとって、叱ってくれる上司も、泣く娘もとても大切です。自分を取り巻く仕事、娘から学ぶものは、全てのものごとの過程において、ひとの心がどんなに大事かということです。

思い出せば血の涙が出るような苦い想いをしてきましたが、まだまだ私も人の心がわからない馬鹿者だと反省をしながら、後悔しない生活をしていきたいと思っております。

思い切り泣くと体力の消費が激しいですねぇ・・・。(´;ω;`)

福岡会館 仏壇/生花部 和田律子

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