こんにちわ
そしてあけましておめでとうございます 伊都会館 岡です
さて・・・なるほどと思ったことです・・・
「はやぶさ」は燃料漏れやエンジン停止など様々なトラブルに見舞われましたが
音信不通という大きな危機に陥っていた2005年12月
私は東京・台東区入谷にある龍光山照寶院へ初めてお参りに行きました。

後にいろいろな人から
「科学者も最後にはやはり神頼みをするのですか」
と聞かれましたが
私は決してその御利益を期待していたわけではありません。

私たちは理工学者なので自分たちのできることとできないこと
分かっていることと分からないことの境界線をはっきり認識しているつもりです。

我われの手の届かない領域を超えてしまえばもう手の打ちようがありませんが
分かっていることに対しては最善を尽くす。

私にとってあの時の神社とは
自分たちは果たしてやるべきことを本当にやり尽くしたかという自己点検を行う場であり
その証を立てるための象徴だったと言えるかもしれません。

……

若い人たちにも「人生は短い」という話をよくします。

若い時は再現なく時間を与えられているように錯覚してしまいがちですが
本当に元気でいられるのはせいぜい80年です。

よく「機が熟す」といいますが
「機は熟すものではない」というのが私の持論です。

どんなプロジェクトから声が掛かるか
どんな仕事と巡り合うか。

要するに「機」が来るか来ないかは
その人の能力を示すバロメーターと言えるかもしれません。

運不運ということも確かにあるかもしれませんが
いつまで経ってもその運が回ってこないようであれば
自分自身にも問題があると考えるべきではないでしょうか。

だからこそ
雑事と思われる仕事を任されたり
小さなプロジェクトにしか参加させてもらえなくても
それが自分に対する世の中の評価だと受け止めて
小さなチャンスでも着実にモノにしていくことが大切だと思います。

33歳で宇宙研の助教授になった私の本業は「飛行体の誘導・制御」でしたが
同時にプロジェクトの単発的な計算や解析の依頼が次々とやってきて
その雑事を誰よりも懸命にこなしていました。

大切なのは100の雑事の中に
1の想像の芽を見出そうとする気概を持つことです。